かつて存在したバンクーバーの日本人街「パウエル街」その1 かつて存在したバンクーバーの日本人街「パウエル街」その3
1 月 04

1941年12月7日、日本軍によるハワイ真珠湾への奇襲攻撃が行われました。

何十年もかけて築かれてきたパウエル街は、この日から急速に崩壊へと向かいます。多数の日本人が危険人物として逮捕され、日本語新聞は発行停止処分、日本語学校も閉鎖させられました。

カナダ政府はBC州の全日系人(カナダ国籍を持つ日系カナダ人を含む)を海岸線から100マイル以上離れた、荒れ果てた内陸部の収容所に追放します。日本人の血が流れる者は全て「敵国人」と見なされ強制移動が命じられたのです。その際、男女は別々の収容所に送られました。つまり、同じ家族でも別の収容所に入れられ、家族がバラバラにされてしまったのです。

全日系人は住居や車など全ての財産をカナダ政府によって差し押さえられ、売却・処分されました。この時、日系人は長年かかって築いたすべてのものを一瞬にしてカナダ政府に奪われてしまったのです。

※ちなみに、同じ敵国人であるはずのドイツ人やイタリア人は強制収容や財産没収の対象にはなりませんでした。

戦時中の日系人の強制収容はカナダ以外の各国でも起こっていましたが、家族がバラバラにされた点でカナダのものはとてもひどかったのではないかと思います。

つづく。


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