新年早々、カナダで株式会社を設立してみました かつて存在したバンクーバーの日本人街「パウエル街」その2
1 月 03

かつてバンクーバーには日本人街がありました。Powell Street周辺、チャイナタウンの北側に位置する今は治安が悪くあまり近付きたくないエリアは、当時は食堂や豆腐屋などの多くの日系商店、そして日本人学校、旅館、病院、教会、新聞社などが立ち並び、とても賑やかな街だったそうです。1940年頃のパウエル街の日系人口は8400人にも及んでいたとか。

それがなぜ廃れて今となってはホームレスや麻薬中毒者が蔓延るような地域に変貌してしまったのでしょうか?

日本からバンクーバーへ最初の移民たちがやってきたのは19世紀後半です。1887年にバンクーバー・横浜間の太平洋航路就航を契機として日加貿易が開始されると共にブリティッシュ・コロンビア州へ最初の日系移民が入って来ることとなりました。ちなみに、それよりも10年前の1877年に永野万蔵という名の19歳の若者が英国船に乗船、ニューウェストミンスターへ上陸し密入国したのが日系移民の第一号なのだそうです。

当時、緑茶と絹が日本からの主要な輸入品で、温州ミカンの輸入も長い歴史を誇り1891年に最初に日本から出荷された温州ミカンがバンクーバーに陸揚げされたそうです。逆にカナダからの輸出品は木材、石炭、小麦及び海産物で、それらの産物は現在でも日本に対するカナダの主要な輸出品となっています。

日系移民たちは人種差別や規制に耐えながらも着実に数を増やし団結を深め、第二次世界大戦勃発前の1941年にはなんと23,000人の日系カナダ人がBC州にいたそうです。当時のBC州の人口は数十万人程度であったことを考えると、かなりの割合だったことがわかります(現在のBC州の人口は440万人で日系カナダ人は2万人)。

しかし1941年12月7日(カナダ時間)、日本軍によるハワイ真珠湾への奇襲攻撃が日系人達そしてパウエル日本人街を窮地に追いやります。(つづく)


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